こちらから交際を望んでいた相手からの連絡が途絶えてしばらく経った
はじまりは、博物館のクジラの部屋、旧州立図書館の書庫の一部を残して、数年前に大増築した新しい博物館の一部に取り込んだ部屋の壁に飾りとしてズラーっとならべてある立派な本棚かあれと同じものを一本、郊外の巨大倉庫から彼女の職権で何とか入手できないかという会話で、実は彼女も、東部から越してきて、ここの博物館に就任した当初に目をつけていたというのだ。
彼女は「しかもあれはジャラよ」といった。
ジャラとは赤みを帯びた深い茶色が特徴の地場の硬木でここではやや特別に上等な響きがある。そしてジャラはちみつは、ちょっと驚くほどおいしい。「ジャラ!すごい。ところでジャラってここの固有それとも東部諸州にも生えてるの?」と聞きたかった。けど、言葉が出てこなかった。言語の問題ではない。ここのところ、真剣な会話になると受け答えの想定問答シュミレーションが5パターンくらい並行で走り出して脳みそが詰まってしまって、軽い話にしないようにと努めるほどに浅い、進展のない会話になってしまって困っている。
5月に代役として対応した仕事の場面で始めて会って、代役はいつも緊張するのだけど、本棚に共通の好みがあると知ってほっとした。2回目にあったときの、うれしすぎる気分に自分で驚き、3度目に会ったときに、彼女は自分のために髪の色を変えたのだと勘違いした。半年の間に5回の会話交わし、いちど川沿いで20分ほどの散歩をともにした。いつも僕から話しかけ、それでも彼女の返答を受けて会話を続けるのを失敗し続けた。この脳みそは相変わらずで、上手くいかなかった会話の詳細は全て記憶している。この脳みその大容量はよくわかった。でもお願いだから、即応性を高めてくれ。もう一度会えたら、途切れてしまったどの会話でも、途切れたところから続ける自信があるけど、誰が4ヶ月前の立ち話を覚えているだろうか。そう考えると、また会話の展開シュミレーションが5パターンほど並行して走り出す。彼女と会って話したのは、キッチリ4週間おきで、彼女は色々を4週間サイクルで計画しているらしかった。
彼女に対してこちらが入れ込みすぎていたのは確かだろう。年齢、ことば、文化的背景、社会的な役割と色々な面で大きなギャップがあったけど、他にもっと大きなものがあったのでしょう。
何を入れ込みすぎていたのだろうか?と考えて、考えすぎをやめたらふっきれて、やっと脳みそが、俺ってなんか自分勝手な考えにもとづいていたのかな?と妥当なことを思いつき、いくつかのアイデアが降ってきた。
彼女は僕の欠損部分、自分では欠損とも思っていなかった、ただ苦手なだけと思いこんでいた部分、例えば学歴、大きな企業体での世渡り、部屋の中で何時間も仕事をすること、ミーティングに出席すること、高尚な(笑)趣味とか、を満たしている。僕は彼女でその穴埋めを一気に片付けようとしていたのかもしれない。じゃあそれとこれとの穴ボコを自分で埋めなきゃなと思ったら急に楽になった。
楽になったっていうほど軽い変化じゃない。20代の半ばに得た「自分は二本足の三脚みたいだ」って不安定な感覚が、すっと薄らいだ。やっぱ自分でやらなきゃいけないんだ。
そして今晩になって怖いことに気がついた。
別の関心事でサルトルとボーヴォワールをwikiで引いたら、どちらかの略歴にX X年にヴァカロレアに合格という言葉が出てきた。ヴァカロレア!その一言で脳みそがグルンと一回転した。1945年生まれの母はウーマンリブとか、サルトルとボーヴォワールの自由意志にもとづく関係とか、それでも派手なオープンカーとかに憧れたやや節操のないアート至上主義者で「あんたは国際ヴァカロレアにうかって哲学者になったら?」とか小学生に吹き込んでいた。もちろんフランスの大学システム、サルトルやボーヴォワールの業績については何も知らない。僕のいとこのスピノザの専門家を馬鹿にしてたから、多分、哲学科で何をするかも気にしてなかったと思う。フランス語は少し知ってる。アデュ
連絡の途絶えた「本棚の君」は、母の願望、僕への、ちょっと脳天気な「有能な国際ビジネスマン」的な投影を、なかなかの割合で反映していた。怖いなこれは。
母のため息は子供の最強のインパクトを与えるというからね。
ここ数年、母の「国際ビジネスマンじゃない」僕に対する態度はちょっと、というよりもう少し冷たかった。叔父、母の弟が同席していると尚更で、無意識・意識してを問わず、僕へ嫌がらせをせずにはいられない叔父に反論すると、いつでも後からお咎めをいただいた。僕の離婚に関しても、10年以上にわたる、相手の家族総出での、嫌がらせを超えた悪意ある攻撃に関しても、やられた僕に同情を示すことはなく、あんた、もっとやんわりと上手いことやりようがあったはずだ、と傷に塩。
もし自分が、そんな状況をひっくり返すために「本棚の君」獲得に動いたのであれば、それは彼女に対して本当に失礼極まりないことだった。
ーー〇〇君みたいに業の深い人は、幸せになろうとしちゃダメよーー
これは、人生の中で、五指に余る、役に立った忠告のひとつ。二十代半ばだった俺
話は変わって、今月に個人所得の納税額がほぼ確定し、2025-26会計年度の収支が出て、すごいことに、これから払う分を差し引いても日本の高卒初任給程度の黒字が出た。これなら仕事を減らしてライフワークの時間と予算を増やせる。自分の財布さえ持っていなかった20年間は終わった。機材も材料も買い放題じゃ。
これからが俺の人生第3クォーター。ちょっとフライング気味にスタート切らせてもらいます。
ジャン=ジュネは言った。金は羽根だ。飛行機に乗って良いホテルに泊まれば心だって羽ばたくさーーうろ覚えだけどーー。そしたら、本棚の君にまた違うかたちで出会うこともあるでしょう。楽しみ。